目次

こんにちは!タクドラたみです♪
今回は、アニメ 一休さんで知られる
当時「破戒僧」と呼ばれた 一休宗純を紹介します
一休宗純の哲学から
「真の自由」を手に入れるヒントが見つかるかもしれません
パンク思想とは
既存の社会規範、権威など、型にはまった生き方に反発し「自分の頭で考え、自分自身の力で生き方や居場所を作る」ことを重んじる精神性や行動
世間体や「こうあるべき」という同調圧力から抜け出し、巧みさ、裕福さ、洗練された技術などなくても、自らを肯定し、独自の表現や生き方を貫くこと
いつも、ありがとうございます!
ポチっと お願いします

はじめに:なぜ成功するほど「不自由」を感じるのか?
「もっとお金があれば、自由になれるのに」
「高い地位に就けば、自分の思い通りに生きられるはず」
私たちは多かれ少なかれ、そんな希望を抱いて日々頑張っています
しかし、実際に社会的な地位や名声、莫大なお金を手に入れた人たちの多くが、ある共通の壁にぶち当たります
それは、「手に入れれば入れるほど、自由が制限されていく」という奇妙なパラドックスです
選択肢が増えるはずの「成功」が、なぜ人を不自由にしてしまうのでしょうか?
そして、私たちはその「成功者の檻」に囚われずに生きることはできないのでしょうか
そのヒントは、今から約600年前の室町時代、誰もが知るあのお坊さん──一休宗純(一休さん)のパンクな生き方に隠されています
「地位・名声・お金」がもたらす3つの檻(おり)
まず、なぜ地位や名声、お金が自由を奪うのか、現代の視点からその正体を整理してみます
① 「名声」から生まれる檻
顔や名前が売れると、プライバシーは消滅します
常に他人の目を気にし、好感度を維持するために「世間が望む自分」を演じ続けなければならなくなります
自己表現の自由は、名声と引き換えに狭まっていくのです
② 「地位」という責任と利害の檻
高い役職や立場に就くと、自分の発言一つが多くの人の利害を左右します
感情のままに行動することは許されず、常に「立場にふさわしい選択」を迫られます
また、周囲に集まる人が「自分」ではなく「肩書」を見ているのではないかという孤独感にも苛まれます
③ 「お金」という維持コストの檻
資産が増えると、今度は「失う恐怖」が生まれます
生活水準(ライフスタイル)を一度上げると、それを維持することから抜けられず、結果「いつでもレースから降りる自由」を手放すことになります
つまり、多くの人にとって、社会的な成功は「〜する自由(選択肢)」を増やしてくれる一方で、「〜から免れる自由(プレッシャーや執着からの解放)」を徹底的に奪っていきます
室町最強のパンク僧・一休宗純の「不自由との戦い」
この「成功がもたらす不自由さ」を完全に理解し、真っ向から突っぱね続けた伝説の人物が、大人の一休さん(一休宗純)です
アニメの可愛い小僧さんのイメージとは裏腹に、彼は権威やルールを破壊し続けた超パンクな禅僧でした
彼のエピソードには、現代の私たちが「自由」を掴むための強烈なヒントが詰まっています
エピソード1:最強のステータス(肩書)を燃やす
禅宗の世界では、修行を修めた証明書である「印可状(いんかじょう)」が最高のステータスでした
これがあれば、将来高い地位が約束されます
しかし一休さんは、師匠からこの証明書を授かった直後、「こんなカミ切れ、ただの執着の元だ」と言って火の中に投げ込み、燃やしてしまいました
彼は、地位という「仮面」に自分の生き方を縛られることを、何よりも嫌っていました
エピソード2:ごちそうを服に食わせる
ある日、ボロ布をまとって豪商の法要に出かけた一休さんは、見た目で判断され門前払いを食らいました
そこで、最高格式の豪華な衣装に着替えて再度訪れると、今度は大歓迎されます
すると一休さんは、目の前のごちそうを自分の豪華な服になすりつけ、「あんたたちが歓迎しているのは俺じゃなくてこの服(名声・ブランド)だ。だから服に食わせてやる」と言って立ち去りました
世間がチヤホヤしているのは「あなた自身」ではなく「あなたの記号」にすぎない
一休さんはその本質を見抜いていました
エピソード3:正月にドクロを掲げて練り歩く
めでたいお正月の街中を、一休さんは杖の先に「本物の人間のドクロ」を突き刺して、「ご用心、ご用心」と歩き回りました。怒る人々に対して、彼はこう諭しました
「どんなにお金や地位があっても、死ねばみんなこれ(ドクロ)になる。何にしがみついているんだ?」
どれだけ富を築いても、あの世には持っていけない
「人間、死ぬときは全員ゼロ」という考えが、一休さんの自由な心の土台にありました
自由を失わずに「成功」とつきあう3つのマインドセット
一休さんのように、現代社会でボロ服を着てドクロを持って歩くわけにはいきません
しかし、彼のスタンスを応用した「不自由に飲み込まれないためのマインドセット」の こころを持つことは 今すぐでも可能だと思います
- 「肩書」と「自分」を切り離す
会社の役職や、資産額、SNSのフォロワー数は、あなたを社会的に説明する「記号」にすぎません
一歩プライベートに戻ったら、「ただの不完全な一人の人間」な 自分を愛し 大切にする 心の余白が持てるといいですね - 自分の「満足ライン(足るを知る)」を決めておく
どこまで稼いだら(資産を作ったら) どこまで出世したら、自分は満足なのか
そのゴールがないと、終わることのない欲望のラットレースに陥り、一生 不自由さから 抜け出せないでしょう - 「いつでも手放せる」という自己信頼を持つ
一番の不自由は「これを失ったら自分には価値がない」という恐怖から生まれます
「最悪、すべてがゼロになっても、またゼロから楽しく生きていける」と思えている人だけが、本心からの 自由な決断が下せるのでは ないでしょうか
まとめ:ゲームに参加しつつ、いつでも降りられる切札を持とう
一休さんは生涯、権威を嫌い続けましたが、晩年には応仁の乱で荒れ果てた名門・大徳寺のトップ(住職)に就任して復興を助けています
彼は社会から完全に逃げ出したわけではありませんでした
ただ、トップになっても相変わらずボロ服をまとい、自分のスタイルを一切変えませんでした
つまり 一休さんの究極の教えは、「お金や地位がある場所にいてもいい。ただし、それらに自分の心を1ミリも支配させるな」ということです
社会的な成功というゲームを楽しみつつも、胸の奥には「いつでもこのゲームから降りて、ただの自分に戻れる」という切札を持っておくこと
それこそが、現代社会において、お金や名声を手にしながら 最高の自由を貫くための唯一の方法かもしれません
みなさんは、今 無意識にしがみついている「カミ切れ(お金や肩書やこだわり)」はありませんか?
一休さんのように、それを一度リセットした視点で自分の人生を見つめ直してみると、本当に大切な「真の自由」が見えてくるかもしれません

お金さえあれば
自由になれる的な話しが
いっぱい あるんやけど…

確かに…!
お金があれば
行動や選択の自由が広がるよね
でも、地位や名誉と同じで
お金に縛られると
むしろ自由を失うよね
全てを失ってもOKな感覚があれば
行動の制限を 自ら作らないから
真の自由な生き方ができるかもね(^^♪
・最後までお読みいただき、ありがとうございます
・この記事では、一休宗純の一部しか紹介していません
興味のある方は、いろいろ調べてみると、より「真の自由」について 学べると思います
・これを、読まれた方が、生きるヒントになるものがあれば 嬉しいです
一休宗純のエピソードは、基本 言い伝えなどなので、正確性に欠ける点 ご容赦ください
より深く知るには、一休宗純が残した詩集『狂雲集』が、おすすめです
とても 興味深い内容ですが、サクっと読める内容ではないと思います
私は「それって どういう意味?」という感じなので 調べながら繰り返し読んでいます
【一休宗純の詩集】
【ブログランキングに参加しています】
応援クリックお願いします!


コメント